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成功の宣言文メンバーからのメッセージ

●「成功の宣言文」文庫は第一巻「四画面思考」、第二巻「元気の
出る俳句」に続いて、第三巻「改革の輪」が発刊されました。「成
功の宣言文」文庫の購入は下記ブログより可能です。 
http://www.success-poem.com/book.htm


■JMACパリの棚田さんからヨーロッパ企業コンサルティング論
NO6をいただきました。ヨーロッパ企業でも「徹底した見える化
」がコミュニケーション向上の鍵のようです。問題は「何を見える
化するか」で、本質は問題とその解決の見える化ですね。それが成
果や変化の見える化になります。私の同僚の岡田さんは必死になっ
て、変化や成果をメモして、見える化していたのを思い出します。
今回も「ISOマネジメント」編集部のご好意によるものです。棚
田さんは11月にJAISTを訪問していただけそうですので、北
陸の皆さんとも交流できると良いですね。(近藤)
●「現場にて なに変わったか 見える化を」   なりたい姿   
■ヨーロッパ企業経営コンサルティング論:NO6
「海外工場の<社内コミュニケーション」
近藤さんへ いつもお世話になります。前回の「愛着(魅力)商品
」の話で、淵野富士夫♪さんからのコメントを頂いて、とても嬉し
かったです♪。また今回の、砂崎さんの「いしかわメモリー」も愛
着商品ですね。あたらしいライフスタイルが広がっていくと良いで
すね。11月にJAISTの近藤研究室を訪問したと思います。砂
崎さんにも会えるとすばらしいと思います。
さて、宣言文で、お世話になっているヨーロッパ企業コンサルティ
ング論NO6をお送りいたしますので、ご査収下さい。最近の「成
功の宣言文」で活気づいていた<報・連・相>論議に触発され、「
コミュニケーション」について私見を述べた連載原稿を思い出した
ので、ご参考までに。今回も「ISOマネジメント」の編集部のご
厚意です。編集部へも配信をお願いします(棚田)

[初出:「ISOマネジメント」(欧州事情)2007年X号(日刊工
業出版刊)に加筆、編集部のご厚意により転載許可]
私の記憶が正しければ、2000年版のISO9001には「内部
コミュニケーション」という条項があって、そのための確実なプロ
セス・情報交換の必要性を、謳っているはずである。
欧州にある日系工場でも、本社工場に倣って、品質ISOや環境I
SOの認証を受けている所が少なくない。弊社JMACパリのクラ
イアントの大多数は欧米現地企業中心だが、それでも20社近い在欧
日系工場とのお付き合いがある。その体験をもとに、日系海外工場
での<社内コミュニケーション>の問題点について、今回は触れて
みたい。
海外工場であっても、見かけの組織構成・上下関係・部門間のつな
がりは、日本の工場と同じだから、ISOで定義する<コミュニケ
ーション>のプロセス手続きとしては、なんら変わるところは無い
。しかし、実務上、事を複雑にしているのは、トップ・経営幹部・
中間管理職・現場従業員という構成単位に、言葉を異にする<日本
人・ローカルスタッフ>という、別の属性区分(手続き上は明文化
されない)が重なる点である。
各構成単位の間で、コミュニケーション・プロセスが必要なわけだ
が、現実には「フォーマル」と「インフォーマル」なコミュニケー
ションとが混在している。<日本人同士>の「インフォーマル」な
連絡は、習慣としてある程度許容できても、<日本人とローカルス
タッフ>との間の「インフォーマル」な日々の意思疎通は、言葉の
ハンディが多かれ少なかれあって、思惑どおり機能しているように
は見えない(その上「インフォーマル」であるがために、コントロ
ールの対象にはならない)。
一番問題なのは、<ローカル管理職同士>のコミュニケーションで
ある。もちろん、部門間の会議体や連絡フォーマットなどの「フォ
ーマル」な手段はISOで定められているが、それでも「インフォ
ーマル」に頼る部分は決して無くならない。
実は、ISO認証を受けた日本の工場でも、この部門間の「インフ
ォーマル」な繋がりは必ずある。だからこそ「報・連・相」を習慣づ
けようとする。こうした「気配り」を重視することで、<以心伝心
>のメリットを暗黙裡に期待しているふしがある。
日本でも<蛸壺>と表現される他部門軽視は、当地ではもっと顕著
に現れる。英語では<チムニー>煙突と称される。
欧州の旧市街地の屋根を、斜めから俯瞰した写真をご覧になったこ
とがあるだろうか? 家々の屋根から、無数の小さな短い煙突が立
ち並んでいる。各部屋の暖炉(チムニーの語源)の数だけ、決して交
わることのない煙道の出口<チムニー>が林立している。他に意を
払う「気配り」の習慣がない欧米人は、放っておけば、当然のごと
く<チムニー>になる。特別な「仕掛け」を施さぬ限り、自然発生
的な<以心伝心>は望めない。
こうした「インフォーマル」なコミュニケーション・チャネルのせい
で、どんなことが起きてしまうのか? 笑い話ではなく、こんなエ
ピソードがある。欧州の工場では、顧客(現地企業の納入先あるい
は同じ親会社の販社)の都合で、生産計画をどたん場でクルクル変
えるのを、余儀なくされることが往々にしてある。変更品目に応じ
て、人員配置や部品手配・治工具の段取り準備を、速やかに伝達・
アレンジせねばならない。
<変更管理>は、品質ISOの目玉だから、「手続き」は定まって
いるはず。にも拘わらず、海外工場での実行は、苦手な<チムニー
>間の調整で、なおかつ「インフォーマル」な伝達に堕しやすいた
めに、避けられるはずの稼動空白ロスが起きたりする。加えて、こ
うした情報が、ローカル管理職レベルで留め置かれて、日本人トッ
プにすぐには伝わってこない。
<問題点の顕在化>という大事な改善の第一ステップがオミットさ
れて、切歯扼腕という場面に、何度か立ち会ったことがある。
どんな「仕掛け」が要るのか? 陳腐な答えかもしれないが、<徹
底した目で見える化>である。それも見学者用の「綺麗な」管理掲
示板ではなく、現場から内部の意思決定責任者に向けた<異常告知
板>である。何が変わるのか?変わったのか?ギャップの中身は?
指数の推移グラフの<特異点>には、現場のコメントがたくさん書
き込まれた「汚された」表示板であって欲しい。単なる情報共有を
越えて、<変化点>や<異常>のコミュニケーションこそが、異文
化マネジメントの核でありたい。
最後に怖い話をひとつ。
コミュニケーションCommunicationという言葉に、「外へ・外す」
を意味する接頭語Ex-を付けると、どうなるか? “Excommunicati
on”:カトリック用語で<破門>の事である。ゆめゆめ、おろそか
には出来ない。
棚田幸紀(JMACパリ)

■シードウインの福田さんから、ちょっと頑張ろう707「会って
話をしないと」をいただきました。改革実践の世界は「事実で事実
を変える世界」ですので、やはり、「あって話をしないと」だめで
すね。インターネットは、改革実践で一番大事なのは「成果だし」
です。「成果を出した事実で事実を変える」のです。自分の考えや
知識では人は動きません。成果だしのリアルにどれだけ集中できる
かで、バーチャルは、あくまでリアルを補間するものだと思います
。福田さんが言われるように、会って相手への印象から信頼が生ま
れます。(近藤)
●「会ってみて 相手の印象 大切に」   現状の姿   
■ちょっと頑張ろう -707号- 
●信頼する元は相手ではなく信頼する自分にあるのではないか
●eメールに、eラーニング、eコマース、eバンク、様々な事柄が
インターネット上で始まっている。もう、珍しい事柄でもない。
この2週間の間で「やはり会って話しをしないといけないですよ」
と3度も聞いてしまった。
確かに複雑なお話は会って話した方が分かりよいし、話が進むのも
早い。それよりも、見た感じの相手の印象が大切なのかもしれない

ちょっと皮肉を言わせてもらうと、いつでも会える状態にある同一
組織内での判断が極端に遅いのは何故だろう。組織内でいかに時間
をかけてもコストが増えるばかりで、成果が生まれるはすもない。
意思決定の結果を表す場合と事前に諸々の事柄を確認する場合は、
会わなくても済ませられる。
この2つの間は何なのかと考えると、人や物への信頼になるのかも
しれない。信頼は、眼で見た実感で、自分の経験と知識の判断であ
る。会って判断した結果が絶対的な正確さや確実性があるのではな
い。自分の印象による判断を信じているに過ぎない。
インターネットでやり取りをし判断するのと、会って判断する違い
を考えて見ると、その違いに頼りなさを感じがする。会うことより
も、会う行為に信頼があるのかもしれない。
五感が感じる感覚の総合力に信頼を置いているのかもしれない。
しかし、食品に関わる企業の不祥事を見ると、消費者の見て、触っ
ての判断が不確かであるのも事実だ。
起こりえるはずがないと信じる確信は、経験と知識と、第三者の見
聞からきているようだ。
知恵の浅さがある。知識の不確かさがある。推理の貧弱さがある。
それよりも相手を信じようとする性質、逆の疑ってかかる性質があ
るのかもしれない。
より確実なのは、してみるしかない。もしくは、何もしないことか
もしれない。eメールよりも、ポストに放り込まれる郵便の手紙
の方が信頼されやすいのかもしれない。
手紙が活字であるよりも、手書きがさらに親密さを感じるのかもし
れない。
本が手書きで出版されると信頼性は乏しくなる。間違いなく活字
で、活字であれば信頼される。思いこみを捨て、視野を広げ、知を
磨くことが大切だと思った。
福田 真 shin_fukuda@seedwin.co.jp