« 成功の宣言文 2033 4画面USB  実践する姿 | メイン | 成功の宣言文 2037 かわいくなるぞ   ありたい姿  »

成功の宣言文メンバーからのメッセージ

●「成功の宣言文」文庫は第一巻「四画面思考」、第二巻「元気の
出る俳句」に続いて、第三巻「改革の輪」が発刊されました。「成
功の宣言文」文庫の購入は下記ブログより可能です。 
http://www.success-poem.com/book.htm


■私の親戚の小椋賢二さんが、七夕の一日前の6日にご逝去された
。長男のお嫁さんのお父さんで、私と同い年で、大学も私と同じ早
稲田で、工作機械業界のアマダでご活躍されていた。なにか昔から
の「真の友人」をなくした気持ちでもあり本当に残念です。不幸中
の幸いは香港に住んでいる長男家族が帰国して、小椋家ファミリー
全員で、小椋さんとお話できて、お送りすることが出来たことです
。生まれたばかりの二番目の孫の赤ちゃんを見て、小椋さんは「こ
の子はお母さんに似ている、かわいくなるぞ・・」と喜んで言われ
たことである。「かわいくなるぞ・・」私も同感である。小椋さん
は、四国の松山で育ち、東京へ出て、早稲田大学そしてアマダでご
活躍された。早稲田ではマンドリンクラブ、アマダでは技術者から
経営企画担当役員などのご活躍された。スポーツは万能で、テニス
・ゴルフ・スキーなど四季に合わせて楽しんでおられた。夏休みは
必ず家族旅行をなさっておられ、我々の世代としてはビジネスと家
族と社会活動と理想的な生き方をなさった。この二年は闘病生活を
されながらも、アマダグループへの貢献やスポーツそして伝統のあ
る小椋家の家系図の作成など、充実した時間をすごされて、未来へ
の道しるべを残していただいた。親戚だけでなく、真の友人をなく
したような気持ちで、金沢への帰りの列車で、革新の気づきを検索
していたら、鈴木大拙の言葉に出会った。小椋さんは大拙の言葉の
「機械の心と人間の心」を共生する生き方を最後までされたのだな
と、その生き方と人柄に改めて感動いたしました。そして、部分だ
けでなく全体を知ったすばらしい生き方をされた方でした。ありが
とうございました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。近藤修司
●「孫を見て かわいくなるぞ 言い残し」   ありたい姿
■鈴木大拙 「機械の心と人間の心」
人生は無常である。それを悟らぬ人々が享楽にふけっている。夏の
日にせみがいつまでも生き続けるようになきたてているようなもの
だ。人間もいつまでも生き続けるものでない。一時の快楽ををむさ
ぼってはいけない。逆にせみはなきつづえて一生を全うするという
解釈もある。日本人は日常の生活を分析しているのではなく詩とし
て受け止めることが出来る。
真理を直観で受け止めてそれを現実的に表現する。このために俳句
は妥当な道具である。俳句を理解することは悟りと同じ体験である
。大拙にとって詩を見ることが宗教であり、俳句を理解することが
悟りになる。禅と詩はひとつである。
対立を超えた詩である。しかし現実は対立の世界です。ひとつの目
的に向かって労働している。労働者です。大拙の言葉は労働者に対
して元気付ける。労働者にとって必要なものは詩である。
俳句を感じることで労働の世界は変わってしまう。受験生にも詩が
必要である。詩を感じれば経営の世界もまったく変わる。日常の労
働を放棄して遊ぶわけではない。日常の中に創造的な詩を考える時
間を持つのです。事業する組織に対して創造する組織である。この
詩が見つかったときこそ人に勝とうという気持ちがなくなっていく
。力への欲求が少なくなる。
詩は対立の中で目的を達成するにはなんの役に立たない。しかし、
その人が生きているという点から見ると非常に大事です。誰でもが
日常で繰り返すことは嫌います。事業する組織は嫌います。いやだ
けど目的を達成するために必要だからやっている。
なにかの目的のために機械を使えばいつか機械につかわれる。機械
を使っているつもりがいつの間にか使われている。機械を使うと機
心が生まれる。機械に頼る心である。機会によって早く成果を出そ
うという心が生まれる。機心は功多かれと願う心である。
大拙の言う機心とは自分の労力を少なくして結果だけを求める心で
ある。結果だけを求める功利主義である。まさに詩のない情けない
世界に住むことです。ではどうそれだ良いか。
壮士のお百姓のように、結果にとらわれることなく、純粋に働くこ
とのみを楽しめばよい。いましている疎の行為の中に創造的な想像
力によって詩を感じれば言い。勤労の中に勤労を楽しんでいる人に
何もあわててそれをやり遂げることはない。機械的なものは効率的
であることは間違いないが、機械は非人間的で創造的でなくそれ自
身意味がないことである。機械的なものの中には人間的なものがな
い。機械の道具になってしまう。
私達の心が機心に変わってしまう。近代的生活は機械に頼るだけに
私達の心の中に機心が育ってしまう。すべて目的主義になってしま
う。機械を使って創っている人も全体を知ることは出来なくなる。
ベルトコンベヤーの前で仕事をしていると機会の一部人去ってしま
う人間を忘れてしまう。
人間の創造性や、やわらかさなどがなくなってしまう。私達はすべ
て機械的生活には耐えられない。潤いややわらかさ余裕の人間とし
ての生活を求める。しかし現実では機械化がますます進んでいる。
現代は機械が中心になって人間が奴隷になってしまう。壮士の恐れ
たことです。
いつの間にか対立の中に生きている。人から目標が与えられてそれ
の達成だけにこだわる。機械的に生きて機械的に社会です。だから
といって機械産業を手工業に戻すわけにはいかない。私達はすでに
機械とともに生きている。どうしたら人間として生きていくことが
出来るかです。
どうすれば私達は自由に生きることが出来るか。対立することでは
ない。ならばどうするか。人間の手の働きという意味を良く理解す
ることです。機械が近代人の生活に及ぼす害悪を理解する。
人間の知性を余り強調しすぎて人間の命を犠牲にしている現状を理
解する。機械とともに生きて自由になるのにはどうしたら良いか。
1身体を動かして働くことを良く理解する
2複雑な機械の社会の害悪を理解する
目的を達成するための知性の分類で専門だけでなく全体を知ること
である。これで機心でなく人の心の中で生きていくことが出来る。
鈴木大拙