■「成功の宣言文」文庫は第一巻「四画面思考」に続いて、第二巻
「元気の出る俳句」が発刊されています。現在、第三巻「改革の輪
」が発刊準備中です。「成功の宣言文」文庫の購入は下記ブログよ
り可能です。
http://www.success-poem.com/book.htm
■私が改革実践で使っている改革言語は、四季の会・JMAC・F
MIC・改革実践企業や成功の宣言文コミュニティの皆さんとの「
交流」で生まれたものがほとんどです。皆さんとの「交流」の中で
自分が「ああそうか、なるほどそうなんだ」と「感動した言葉」で
、自分の「知識を再構築」しているのです。しかも、皆さんとは「
リアルの実践場」で「交流」している人たちだけに、「知識」だけ
でなく、「心の開発」「対応性の開発」「分別の開発」そしてさら
に「行動の開発」「事業の開発」に繋がり、顧客への「貢献と感謝
」までのたどり着くことが出来き、「言葉が真実」になります。「
言葉が真実」になることで、言葉が「自分の知識」になるのです。
勝さんのバローレ通信からも、「良い言葉」をいただいて、使わせ
ていただいています。1週間前のバローレ通信の「一本道」や「レ
ッテルを貼りなおす」も「良い言葉」です。宣言文でもご紹介させ
ていただきます。篤姫どうような「鹿児島人」の「熱き思い」が伝
わってきますね。自分や他人のレッテルを貼りなおして改革の輪を
広げることが大切なのですね。(近藤)
●「レッテルを 貼りなおすこと 価値見つけ」 実践する姿
■『バローレ通信』vol.055 2007/04/25
1.今週の出来事 :『女の道は一本道』
最近、私の周りではNHK大河ドラマ「篤姫」が話題になります。
鹿児島に住む母は、「近所のおばさんたちと、「女の道は一本道。
さだめに背き、引き返すは恥でございます。」というフレーズが流
行っている、と言っていました。 (いまさら、どこに引き返すと
言うのだろう?) 鹿児島出身の学生とも、「篤姫見た?」があい
さつ代わりです。宮尾登美子の原作を読まれた方、幕末を描いたド
ラマ「翔ぶが如く」と合わせて見ておられる方、など様々です。
ドラマの企画意図は、「個人個人が責任のある行動をとる」という
ことだそうです。 これまでの回でも、「一本道」以外にも、いく
つか心に残るせりふがありました。
於一(おかつ)の母が、於一に諭した言葉「この世のものには、す
べて役割があるのです。 それは人とて同じこと。」というのも、
いいフレーズです。鹿児島出身の身びいきかも知れませんが、郷土
の偉人が多く出てくる「篤姫」に今後も目が離せません。
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2.今週のバローレ探求 :良いレッテルを貼って学ぶ
私たちは、人やモノやコトにレッテルを貼って生きている。 ペタ
ペタ、ペタペタ貼っている。会って、話をしている中で、「あ、こ
の人は理系だ」「この人は嫌いだ」「意外とやさしいんだ。」と分
類し、レッテルを貼っている。レッテル貼り(先入観)は、脳の処
理として、「理系だから、ロジカルにしゃべるとわかってくれる」
など、パターン分けにより次の行動の準備ができるので、重要な作
業である。
昔、ある上司で、皆から嫌われていた方がいたが、付き合っている
うちに、尊敬すべき点が私には見えた。 そこで、「嫌いな部類」
という大きなレッテルを一旦剥がして、「この点に関しては尊敬で
きる」「この点は、学ぶべきところがない」という小さなレッテル
に分割して貼りなおすことをやってみた。 そして、その上司の尊
敬できる点を注目して付き合っていった。 すると、実に多くの学
ぶべきところがあり、お世話になった。
バローレの高い人についても、仙人のように全人格をバローレの塊
のように捕らえるのではなく、「この分野で素晴らしい」というピ
ークをいくつか感じて、そのピークを見習うようにしていきたいと
思う。
ただ評論家のように、「ああ、あの人はバローレが高いね。」と感
想を述べるのではなく、自分ごととして「見習う」あるいは「取り
入れる」ことで、受け継ぐ姿勢が大切である。
レッテルは、随時剥がして、いい所を探してレッテルを貼りかえる
。 そんなイメージでバローレを見いだしていくのも楽しいと思う
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3.バローレのある暮らし
家から自転車を10分走らせると、鵠沼海岸。 そこから海沿いの
道を走って5分で江ノ島。 そのまま東へ走ると腰越、鎌倉高校前
、七里ヶ浜と続く。 鵠沼海岸から逆に西へ走ると、辻堂、茅ヶ崎
と続く。 休みの天気のいい日は、自転車でちょっと走ると気持ち
がいい季節です。
海を眺めながらのゆっくりとした自転車での移動に、私はバローレ
を感じます。
バローレ総研 勝眞一郎
shinichiro_katsu@valore-soken.com
■MBI研究所の今井さんの存在価値開発プログラム:現状検証編
その3「オリンピックの評価」についてご紹介いたします。今井さ
んは観客は、「勝敗や優劣」という「評価」の他に、観客は、選手
の言動から受けた「感動の大きさ」とか、それによって創り出され
た「感謝の気持ちの大きさ」を「評価」しているのではないかとい
われていますが、そのとおりですね。「改革実践」でもお客様の「
評価」は、「どれだけ大きな生きる希望」や「どれだけ多くの人に
努力する勇気」を与えたかなどの「評価基準」でも見ています。評
価基準のレッテルを貼りなおすことも大切ですね。「真摯に努力」
している「改革実践活動」は「顧客が支持」してくれて成功するの
ですね。(近藤)
●「努力する 勇気あたえる こと大事」 実践する姿
■存在価値開発プログラム:現状検証編その3 「オリンピックの
評価」
このページでは、オリンピックを事例にしました。
オリンピックは、地球上で最大のスポーツの祭典であり、非常に多
くの競技やゲームが、行われます。まさに、評価の知識や知恵が結
集されているといってもよいと思います。同時に、この中には、オ
リンピックに参加された人がおられるとすごいことですが、少なく
とも観客や視聴者としてご覧になり、感動・感激した人は多いと思
います。競技に参加している選手たちは、当然、対戦相手に対して
ライバルとしての存在価値を認識していると思います。ところが、
観客の間でも、選手たちとはまったく別の評価が自由に行われてい
ます。
たしかに、人や組織(チーム)を評価する代表的な場面の一つは、
オリンピックなのです。オリンピックでは、すべての競技で順位付
けが行われます。競技の性格や特徴などによって、細かな種目に分
類され、綿密なルールに則って勝敗や優劣が評価されます。
・数値評価だけで決まるもの
・数値評価と観察評価で決まるもの
・1人(1つ)の評価で決まるもの
・複数の人の評価が集まって決まるもの
客観的評価と主観的評価が、競技の性格に合わせて、うまく組み合
わされていると思います。精密で正確な計測技術と、そのスポーツ
の専門家による的確な判断が、公平・公正な評価を創り出している
のだと思います。ところが、メダルの色とは別の評価が、競技を見
ている人達の間では行われています。ときには、メダルに届いてい
ないのに、見た人の記憶に永く残っている選手もいます。観客や視
聴者の多くは、勝敗や優劣という評価の他に、「どれだけ大きな生
きる希望」や「どれだけ多くの人に努力する勇気」を与えたかなど
の評価基準でも見ているのだと思います。別の見方をすると、観客
は、選手の言動から受けた感動の大きさとか、それによって創り出
された感謝の気持ちの大きさを評価しているのではと思います。
オリンピックの全競技を事例にはできませんので、野球を例にして
みました。
[直接的な評価=観客席ではなく競技の現場でおこなわれる評価]
評価というのは最終的には、複数の人や組織の能力の一側面を対象
とした優劣を決めることが目的であるということ
通常、競技やゲームなどの場合、プレイ(行動)の事実を評価した
り、プレイの結果について勝敗や優劣を決めるのは、第三者である
もう一つの重要なことは、「評価」は今現在から過去に発生した客
観的な事実に対して判定を行うことであり、その場で発揮されなか
った技術力は、評価の対象ではありません。ましてや、未来を評価
することはありえません。
野球以外の競技では、演技を競うものがあります。それらについて
も、発揮された技術力や芸術性などが評価の対象であり、少なくと
も人間力やその選手の未来を評価するものではありません。
あらゆる競技の審判は、参加した選手に対して、決められたルール
を守らせることと、勝敗や優劣の結果を決める責任を担っています
。スポーツやゲームでは、公平・公正な競技を行うことと、結果と
して勝敗や優劣を決めることが重要であり、そのために評価があり
ます。スポーツ選手や様々なゲームのプレーヤーは、相手に勝つた
めにいろんな観点から分析と評価を実施し、対戦相手としての存在
価値を実感していると思います。
[間接的な評価=その競技やゲームに参加していない観客]
ところが、競技やゲームが行われている現場とは別のところでも、
選手やプレーヤーとは異なる評価が行われています。それは、その
競技やゲームをこよなく愛する人たちであり、特定の選手やチーム
を応援している多くのファンです。
選手・プレーヤー間では、戦力の評価にあわせて、存在価値も意識
されていると思います。しかし、視聴者やファンの評価は、選手間
とかチーム間で行われている評価とは異なる「ものさし」が使われ
ているのではと思います。
MBI研究所 今井雄二