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成功の宣言文メンバーからのメッセージ

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■シードウインの福田さんから、ちょっと頑張ろう456号「生き
る」をいただきました。改革実践にしても自分の生きる姿で伝える
ことが大切ですね。多くの改革経営者や改革人材は自分の生きる姿
でありたい姿を伝えています。両手に何ももたず、自由に踊ってい
る生きる姿が4画面で表現できたらすばらしいと思いました。あり
がとうございます。(近藤)
●「残せるか 生きる姿を どのように」   実践する姿
■ちょっと頑張ろう -456号-  《生きる》 
教育で知育、徳育、体育と言われている。食育も入っている。ゆと
りの教育があって、またもや授業時間数が増えようとしている。ボ
ランティアが必須化されようとしている。もう、なったのだろうか
。世の中に殺人事件が増えて、青少年の事件に凄みが帯びてきてい
る。私たちが初めて一般文章を文道にかけたのが、小学生の首を落
とした事件だった。それから様々な驚かされる事件が次々と現れて
くる。イジメは陰湿で、ネットにもはびこり、大人も子どもも犯罪
を犯している。「誰でもいいから殺したかった」恐ろしいというか
、犯罪も安直というか満腹になっている猫がネズミを相手にするよ
うなものだ。それでも、その猫はネズミを喰うだろう。そうか、猫
もネズミを喰わなくなったのだった。社会を見て振り返って教育に
眼がいき、文科省は何だカンダと画策しているようだ。
《生きる》ことを思ったことがないのではないか。大人も子どもも
《生きる》意味を考えていないのではないか。他が《生きる》こと
を、自分が《生きる》ことを考えていないのではないか。私が団塊
の世代で、歳をとってきたから思うのかもしれない。団塊の世代だ
から、何も特別なことはない。単純に人数が多くて、社会の器が小
さいときに溢れでたにすぎない。
《生きる》ことを考えたら、知徳体もボランティアも考える必要は
ない。《生きる》ことから自然に出てくる事柄で、敢えて取沙汰す
る必要もない。何のために《生きる》かではなく、どのように《生
きる》かだ。できるだけ優秀な大学を出て、できるだけ大きな企業
に勤めて、安定した収入を得て、少しでも他の人よりも豊か?に生
活をしたいと思う。これは、《生きる》ことの目標なのか。生を持
ったのだから楽しく過ごさなくては、は悦楽を追うことなのか。男
と女が共に生活をし、子を成し、子を育て、仕事をし、老いていく
。その間にどのように《生きる》かを少しでも思っているだろうか
。《生きる》は《死ぬ》ことの逆で、《死ぬ》が念頭から外れてい
るので《生きる》を思わなくなったのかもしれない。
子どもたちが親父狩りをしているとき、イジメをしているとき、暴
力は多分、自分の《生きる》に向かっているのだろう。職場で自己
防衛が働くとき、他人を中傷するとき、これも自分に向かって働い
ているのだろう。ゆとりの時間が《生きる》を示さなかった。詰め
込みと言われた結果は、一人よがりの豊かさを求めていた。腹をす
かすのは嫌だ。明日が不安なのは嫌だ。だから、安全切符を皆で作
って、切符を手に入れるために、テクニックを用意して、それを使
い果たしてしまった。
授業時間数を増やしたって、ボランティアを強制しても、簡単に済
ませるテクニックが出来るだけで、自分の中に穴を掘るだけで何も
出てきはしない。職場で、貴方が新しい技術や方法を見つけたとし
よう。貴方は、他の人にそれを示すために、見つけたことをそのま
まやって見せるだろう。それが一番分り良いし、一番納得しやすい
からだ。
昔々は、子どもの頃から生き方を聞かされ育っていた。生きるテク
ニックではなく、安全切符の買い方ではなく、こんな風に生きた人
が居たと聞かされた。その生き方に感動に近いものを味わったこと
もあるのではないか。大勢の人に早く伝えるためにテクニックに溺
れてしまったのではないか。誰のために何かのために《生きる》の
ではない。《生きる》価値を見出そうとするのでもない。ただ丁寧
に《生きる》を考え行動する。真剣に《生きる》ことと向き合って
いる姿を、大人が子どもたちに見せられればいいのではないか。
未だ、私は《生きる》ことが分らない。分らなくても良いとも思う
。考え続ければ良いのかもしれない。自分の《生きる》姿をどのよ
うに子どもたちに伝え残そうか。
福田 真 shin_fukuda@seedwin.co.jp
◆有限会社 シードウィン    http://www.seedwin.co.jp
TEL 03-5442-8856 FAX 03-5443-6717 
お問合わせinfo@seedwin.co.jp
◆人文組織学会 ~発見と創造の快感~  
http://www.jinbunshaka.org

■勝さんのバローレ通信の「楽しんで」に東レ経営研究所の渕野さ
んから「感想コメント」をいただきました。渕野さんは「楽しい」
とは「両手を自由に」して「踊っている状態」といわれます。たし
かに4画面でも「両手を自由に」して、「楽しんで踊っている」4
画面は見ていても楽しくなりますね。(近藤)
●「やるぞ感 自由の立場 いることで」   現状の姿
■勝さん
『バローレ通信』vol.023の配信をありがとうございました。
感想コメントです。
・バローレを持っている人は「楽しんでいる」と言うことです。し
かも「人生を賭けて、苦しみもありながらも、楽しんでいる。」と
いうことです。 仕事だからとか、収入のためという「やらされ感
」 で取り組んでいるのではなく、自発的に「自分ごと」で、ある
テーマに取り組んでおられるのです。
確かに、仕事も遊びも「やらされ感」ではつまらないです。楽しむ
には「やるぞ感」が必要ですね。「楽しい」とは、両手を挙げて自
由に踊っている姿を表わしているそうです。
「両手が自由である」ことも、楽しむ条件かもしれません。両手に
重い荷物を持っていては、なかなか楽しむ余裕は望めません。でき
るだけ自由の立場でいることも大切です。
・バローレがあると評価されようとされまいと、どうやら自分の人
生のテーマとしての「あるべき姿」を、まず一人一人が設定し、実
践することが大切なようです。 あなたの「あるべき姿」は何です
か?
わたしは「あるべき姿」というより、「ありたい姿」を持っていま
す。私の経験上、べき論はどうも実行が伴わないタテマエ論に終わ
ることが多かったのです。「あなたはすべきというが、実際にした
いのか、したくないのか?」と鋭く問われたこともあります。つま
り、自分の意志や意欲(本気)を明確にするため、「ありたい姿」
や「なりたい姿」でつねに論じようと思っています。
☆☆☆☆感想コメント富士♪

●「あるべきと ありたい姿 間違って」   現状の姿
■富士男♪さん 
お便りありがとうございます。
「ありたい姿」の間違いでした。
to be と as is という考え方が抜けないもので・・・。

■宗さんの論文指導をしていただいた三重大学の青木先生から、宗
さんに「喜びのメール」をいただきました。宗さんの「自由な感覚
」を引き出されて、「アジアの未来」を創り出していただきたいも
のですね。ありがとうございました。(近藤)
●「思い出す 間の経営の 研究を」   現状の姿
■宗さん、近藤先生 青木です。ご無沙汰しております。
宣言文で宋さんが博士号を取得され大学院を修了されたとあったの
で、とても喜ばしいことだと思いました。宋さん、おめでとうござ
います。
「間の経営」という独自の概念を用いて、新しい学問的地平を切り
開こうとされていた姿を思い出します。
どのような完成を見たのか、最後のプロセスにかかわれず残念です
。しかし、とてもすばらしい理論に仕上がったのではないかと思い
ます。今後は上海を舞台に活動されるとのことで、ますます活躍さ
れることを期待しています。
三重大学 人文学部 青木 雅生 (AOKI Masao)
e-mail: aoki@human.mie-u.ac.jp