■「成功の宣言文」文庫は第一巻「四画面思考」に続いて、第二巻
「元気の出る俳句」が発刊されています。「成功の宣言文」文庫の
購入は下記ブログより可能です。
http://www.success-poem.com/book.htm
■東工大の守山さんから、ひさしぶりに、宣言文「200種の技」
にコメントをいただきました。守山さんは三鷹で守山営業道場をさ
れている道場主でもあられますが、谷亮子の達人の基本動作は、営
業の基本動作としても通じるようです。実践する姿は柔道でも営業
でも共通点があるのですね。これも異種混合からの創造でしょうか
。ありがとうございます。(近藤)
●「刺激され 言動起こす 自分かな」 現状の姿
■近藤様 すっかりご無沙汰致しました。
科研費の報告書作成に没頭しておりました。
きょうは、
「谷亮子は相手選手に100種から200種の技を仕掛けていく」
を読み、あ~なるほど、そういうことかと独りガッテンをして成功
の宣言文に反応しました。
想像するに谷は連続的に技を繰り出しすことにより相手の体勢を崩
し、隙が見えたときに、頭脳で考えることはなく、身体が反応して
技を仕掛け一本とるのではないかと!
考えてから技を繰り出すよりも、本能的に技を繰り出す方が僅かで
すが素早い対応ができます。微差の集積が大きな力となり、先手回
数が増え、勝負を勝ち取る基本となっているのでは。
と、申しますのも、私の営業方法がそういう形です。相手にたいし
て、本能的に対応します。別の表現をしますと、相手からくる刺激
、収集した情報が脳に伝わると、解が自動的に出てきて言動をおこ
す。このようなイメージです。
問題は、営業方法を講義しようとしてもできないことです。講義を
するには、話すべき事を系統立てないと意味がありません。ところ
が、営業の方法は体が覚えているので、考えてもあまり脳からでて
こない。机上では、相手がいないので技をくりだせない。三年間、
研究会の発言を分析する修行を重ねた結果、自分の頭にある知恵の
整理が進み、系統的にまとめられそうな気がしてまいりました。
もうひと踏ん張りせねば。 守山義之助
■福田さんから「ちょっと頑張ろう」426号「理解、選択、予測
、分析、応用、目的」をいただきました。目的追求が本質的思考力
の鍵というお話です。私も同感です。コンサルタントや改革人材は
「考える」を職業にしていますが、「仮説検証」を基本として、目
的追求力を高めております。4画面思考でいえば、ありたい姿やな
りたい姿は目的追求で、現状の姿は理解・分析ですね。4画面で言
えば4つの姿は常に絡み合っております。ありがとうございました
。(近藤)
●「目的と 理解分析 絡み合い」 ありたい姿
■ちょっと頑張ろう-426号-「理解、選択、予測、分析、応用
、目的」
昨日は、考える機会について書いてみた。私たちは、考えることに
ついて余りに無頓着だから、ちょっと考えたつもりになって終わっ
てしまう。考える作業はまず、考えなければならないと気づかない
とだめで、早急に答えを求めると、一次しのぎにしかならない。直
ぐに出てしまう答えは、習慣的な答えで検討された答えではない。
もちろん、習慣的答えをたくさん持っていることは大切であり、そ
れだけ自分にとっても組織にとっても価値がある。しかし、習慣的
答えは、組織も社会も、変化しない場合であって、変化が著しいと
ころで常に正しいはずもない。
変化社会では、習慣的答えと社会との歪が徐々に出てくる。習慣的
答えが、正しいとは限らないと知っていなければならない。もし、
これを知っていて、対応できるように日々考えていたとしたら、イ
ノベーションなる単語を使わずにすむ。考える作業は人の最も得意
とする。複雑なものを整理し簡潔にして答えを導き出す能力を元々
持っている。インターネットなどのツールが発達して簡単に答えが
出てくる。出てくるから、ますます考えなくなって、いろいろに調
べて答えが見つからなければ、「答えはありません」という。考え
ることの放棄である。
分らせてもらっていると、考える力が低下していく。使わなければ
低下するのは当然で、仕舞いには考えるのが苦手だと言ってしまう
。丁寧な説明は人の為にはならない。考える作業を取ってしまった
のだ。教えてもらうは材料を出してもらうことと、結果へのプロセ
スを知ることだ。学生がいろいろなことを学ぶ。最初から最後まで
教えてもらう。それには意味がある。教えてもらって使う場所があ
ると言う事実を教える側が知っているからだ。今、目の前にした教
材をマスターすることが目標ではなく、それを使うことが目標であ
る。社会人にとっては尚更で、方法から結果までを教えてもらって
、その方法を自ら試してみようとしても同じ場面などあるはずもな
い。昨日、考える作業として、選択する作業、予測する作業、分析
する作業、応用する作業と4つを挙げた。
この前にもう一つの考える作業がある。理解する作業である。対象
を理解してから4つの作業がある。4つの作業をするために条件が
必要である。目的である。目的を理解していなければ4つの考える
作業はない。理解する作業がなければ、目的をも把握できない。学
生が学ぶのは、理解と分析の方法を学んでいる。理解があって分析
へと進む。分析と理解は別のモノであるが相互作用がある。選択の
前に対象の理解があって、目的の理解と分析があって、選択がある
。目的が明瞭であって、目的の効果を知っていて、目的のための過
不足が分析できて応用がある。
目的は理解、分析とは少し違う。目的には感情が関与するところが
大きい。考える作業の原動力と言っていい。「君たちは目的を知る
必要がない、言われたことをすればいいのだ」は多くの場合間違い
である。すべてが間違いと言って良いかもしれない。正しいときは
、言われたことをしてみて目的を初めて理解できる場合もある。考
える範囲、目的を理解する力を持っていないと見られている時、「
言われたことだけをすればいい」になる。
社会人の場合、非常に難しい機密事項以外、こんなことはないと言
ってもよいだろう。そんな上司の下で仕事をするとモチベーション
は下がってしまう。感情が理解、分析、応用に関わるところが大き
く原動力になる。しかし、考える作業そのものは感情を外して鍛え
られる。今、残念なことに、目的を単に成果のみを優先しているこ
とに多くの過ちを犯している。
目的を達成するは、達成して全てが終わるのではない。目的は目的
として単独で存在しているのではなく、目的にも、理解、選択、予
測、分析、応用が付きまとっている。すべてが組み合わさって巡回
していることを忘れてはならない。目的の達成は、すべての始まり
であるのだ。
福田 真 shin_fukuda@seedwin.co.jp